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 個人的けじめとして。原作鋼最終回の感想

原作鋼の最終回を読んだあとに、一度メモとして感想を残しておいたんですが、その後他の感想を読んだら意見もかわるかな?とか、みんなはどう思ってるんだろう?と思ったりしたので、いったんメモは保留していました。だけど結局あまり変わらなかったので、いちおうこの場を鋼ブログとしていろいろ書いてきたことの個人的けじめとしてここに残しておこうと思います。

まあ、ここに出すのにこんだけ時間がかかったってところで、だいたいどんな感想かは予想がつくと思います。原作鋼の最終回が満足だった方は、お読みになる必要はないかと思います。この場所は私のチラシ裏です。お暇な方はよろしければおつきあいください。

以前どなたかが、きっとこの方は最終回に満足された方なんでしょうが、「どうして以前は好きだったものに、あとから文句だの悪口だの言えるんだろう、やめてほしい(意訳)」のようなことを仰っておられました。自分の好きなものをけなされるのはいやなものなので、お気持ちはとてもよくわかります。
しかし、好きだからこそ許せないとか、好きだからこそ、幻滅する時の気持ちの落差に、自分でも動揺するということはあるように思います。その落差を埋めるために、自分なりの結論をつけたり、決着をつけたりすることも必要なのかと思います。
ということで自分のエリアでチラ裏いたします。

前置きが長くなってしまった。そんなたいそうな感想でもないんですが。ではでは、そういうことで。

鋼最終回、読んだときの第一声は確か「まあ、よくまとめたよね」だった。
最初の疑問は、あんな三ヶ月胎児サイズのセリムがどうやれば生き残れるんだよ?だった。

そのあとみんなの疑問聞いたり読み返したりしてるうちに、最後の地の文に違和感を感じた。
10受けて11返すアル、ホーエンハイムもウィンリィも、等価交換を越えて愛を授けようとした。
なのになんで「犠牲なしでは得られない」なのか?矛盾してないか?
しかもそれを乗り越えて得られる「鋼の心」ってナニ?歌?
いきなりな新単語にぽかんとした。
そして最後には、少年漫画に大人がいちいちツッコミ入れるなんて無粋でしたね、ええスミマセン…という気分になった。

友人が言った言葉、
「もう自分の中では鋼はすでに終わってたんだなと思った」と、
「(最終回)なんか丸め込んだって感じ」が私の中では一番しっくりきた。

最終回、話の展開としては決して悪くはない。きちんとまとめたと思う。お疲れ様でしたとも思う。

でも、というか、それだけ、というか。
王道少年漫画、で終わったな、と思う。



それの何が悪いんだ、といえばなにも悪くない。
でも、とつぶやいてしまう自分がいる。

毎号毎号待ち遠しくてたまらなかった頃、このまんがはいったいどこまで羽ばたくのだろうかと、畏れに近い気持ちを抱いていたことがある。
読者を自分達を、まだ見たことのない地平に連れていってくれるのではないか、誰も見たことのない光景を見せてくれるのではないか。

その望みは叶わなかった。



映画でたとえるなら私にとってこの物語は、レディースデーの1000円で観られればお得、定価1800円で観ても、まあ損はしない話というイメージだ。
その水準に達することだって大変だから、それで十分だといえばそうだし、文句を言う筋合いもない。


でも、物語の中盤あたりで私は、「この物語は近年で一番の作品じゃなかろうか」「いやもしかしたら、人生におけるベスト5に入るかもしれない…」と思って観ていた。
勝手な期待なのは百も承知。

最後まで観た結果、私の中では「値段相応」。
期待しすぎたのだろう。



原作鋼に心から感謝しているのは、一期のアニメ鋼の母体となってくれたこと。
原作がなければ一期のアニメ鋼は生まれなかった。
赤花のようなファンと製作が一体となったムーブメントも生まれなかった。
そのことだけは、今でも心から感謝している。





――――――――――――――――さらに細かい、どうでもいい話。


じゃあ一期鋼とは、どんな物語だったのか。
自分にとっての「萌え」では文句なしの大傑作。
だが萌えとは別に冷静に見れば、出来としては「怪作」だと思っている。
いろんな人の心に何かを刻んだ作品。
そうでなければあれだけのファンとアンチは生まれない。

5年経ってもまだ粘着がいるんだぜ? 
大好き、という人も、許せない、という人もいったん語らせ始めたらまだまだ熱い。
原作鋼を5年後、私はどう語るだろうか。
語らない気がしている。


さらにチラ裏、個人的な好みの話を書けば、大円団ああよかったで終わる作品は、嫌いでもないんだけど一過性で終わるというか、一言で言うとあまり面白くないと思う。
大円団+読者へ丸投げエンドは問題外で、作者はちゃんと一定の方向を提示したうえで、それってこういうことなの?とか、ならあれはどうなっちゃうのとか、色々考えざるを得ない作品が、後々まで心に残るので、自分は好きだ。
それこそ一期鋼は終わってずいぶん経っても色々考えたし、いろんな解釈を聞いて、その度に新しく考えた。

原作もそういう終わり方はなかったものかなあと今考えている。
特に腑に落ちないのが最終回でのイシュバール関連とシンの皇位争いの扱いで、どっちもそんなあまっちょろいもんじゃないだろう、としらけさせる一因になった。
復興って簡単に言うけど、そんなんでできるのか? シンで皇位についたら安泰なのか? 敵対する勢力を生かしといて、殺されそうになったらどうするの? 自分が生かそうとしたんだからと、納得して殺されるんだろうか?
終盤でのこのあたりの描写は、少年誌といっても甘いうえに中途半端すぎると思った。
こんな書かれ方をするんなら、この二つのネタは語らなくてもよかったのではないかと思う。

私よりよっぽど軍が好きだった方が、よそで感想に書かれていた。
「あんな描写は子供のため、じゃない。子供だまし、おためごかしだ」
私もそう思う。
優れた児童文学は、大人の鑑賞に堪えうる上に、子供達に鮮烈な印象を与える。
そういう物語に、できなかったものだろうか。

今ちょうど読んでいる本に、面白い話が出ていた。
「勧善懲悪の世界は、どうしてもきれいに化粧されてしまうものだ。売れない子どものための絵本のように、作られた美しい世界になりがちなのだ。じつは、子どもはおどろおどろしい話、荒唐無稽なストーリーを好む。(略)正論とは全く逆の世界。(略)予定調和を望むのは、むしろ成長機会をなくした大人の好むものだ。そうした物語を読んで、安心したいのだ」
あえて私のコメントは差し控える。

エドとアルの物語、ウィンリィの物語は、これこそ王道でいいと思うので、大筋には異論はない。
ただこちらはこちらで、書き落とした所が多すぎるように思えて勿体無い、というか、著者が物語を大切にしていないような印象が見受けられてしまって、著者の真意はわからないけれど、どうしてこんな風になってしまったんだろうと疑問に思った。
何度も何度もキーワードになってでてきた「ウィンリィのアップルパイ」
アルが楽しそうに計画していた「アルのやりたいことリスト」
せっかくの伏線、「520センズの約束」
いきなり「鋼の心」なんてキーワードを出してくるぐらいなら、なぜ上記の3つは全く描かれなかったのか?
(正確に言えばアップルパイはセリフででてきたけど、キーワードの重さに対してあれだけじゃあんまりだと思う…)

ページ数を費やして書く必要はない。
1コマでもいいから、それらしい描写が入っていれば、コアなファンはその場でにやりとするだろうし、後で読み返した人が初めて気づいて「おおお」と感動するだろう。
たとえば最後の写真描写の箇所で、お茶とアップルパイを一緒に卓上に載せてもいい。アップルパイで平和なお茶の間が演出できる。あんなに激動の少年時代をすごした彼らがやっと得た安息の時間を思って、読者も一緒にほっとできる。
各地に挨拶にいっているアルが、電車の時間待ちのときにでもリストを眺めてにっこりしていれば、リストの消化ができているんだなあ、と読者も幸せに思う。
520センズだって、銀時計の返却と一緒に小銭が置いてあれば、エドは軍の狗をやめて、民間人になったんだなと想像できる。
以前は物語内で、そういう伏線がちゃんと回収できていたように思うのだけれど。

そもそも520センズ以前に、ロイとエドとの最終回での描写については、全く接点がないのはいったいどういうことかと疑問に思った。
ヒューズ家への挨拶はせめて二人で行こう。散々面倒見てもらったロイのところに、挨拶くらい行こうよ。
読者の想像の余地に任せるとかいう話じゃなく、キャラクターの性格設定からして矛盾している。
エドは騒動に巻き込まれた民間人宅のベランダもあとで直しに行くくらいの、他人に迷惑をかけたらきちんと謝るような子じゃなかったのか?
エドの性格からしたら、その辺は描かれるべきだし、子供たちのために描かれているんだとしたら、余計に描かないとおかしいはずだ。
あのはしょりぶりでは、自分のとこさえ解決したら、あとは知ったことか、という性格になってしまったように読めてしまって、非常に残念だ。
まあそれを言い出すと、以前描かれたエドの「人間の定義が広過ぎる」設定とか、最終回ではまるでなかったことのようになってるとか、キリがない気もする。その人たちの製造方法、ご存知でしたっけ…と肩を叩いて尋ねてみたい。


520センズ関連の話に戻すと、どうせなら少しページをかけて、ロイのところに行く描写や軍の狗返上、銀時計返却も描いて、エドが去ったあとにでもロイに回想させたらよかった。
「鋼のは、強くなったな(ロイ)」「もう彼に二つ名はありませんよ(リザ)」「いや、奴は鋼の心を手に入れたんだ(ロイ)」ぐらい。くさいけどな!
そのあとに鋼の心モノローグがあれば、唐突感もある程度減少するのではないか。

まあ、終盤エドとスカーに諭されて復讐やめることができちゃうあたりから、ロイにキャラクターとしてそれほどの力はもうなかったから、描いても仕方がないのか。
以前どなたかが「ロイは「父の代理」だと思ってたらただの狂言回しになってた」と書かれていたのが、あまりにぴったりすぎて笑った。笑ったあと悲しくなった。
以前から作者は「ロイがなぜこんなに人気があるのか分からない」「ロイはそういうキャラクターではない」ようなことをどこかで書かれていたけれども(すみません、この辺出典がわかりません)、別に完璧キャラクターじゃなくてもいいが、ここまで貶めて書く必要もなかったんじゃないのか…。
大佐になれたのは、人間火炎放射器だったおかげ、ただそれだけなのか…。

納得いかないといえば錬金術と弟の交換、その後についても納得はいかない…。もうどうでもよくなってはいるけど…。
エドは錬金術をなくしても特になんとも思っていない(最終回の描写ではそういうようにしか見えない)→エドにとって錬金術はあくまで弟を取り戻す手段だったから、なくなっても別にいい→錬金術はそういう意味では本人にとって特に大切なものではない→そんなもの(錬金術)と、どうしても取り戻したい弟の身体ははたして等価なのか?
ここは未だにどう納得付ければいいのかわからん…。
これがせめて、アルには見せないけれども錬金術が使えなくなってエドが内心ショックを受けてる描写とか(例えば自分が旅の間つけてた手帳を見て、失読症のように全くなにが書いてあるのか理解ができなくなってるとか、理論は頭で構築できるのに、身体の中で循環するエネルギーを感じ取れなくなったとか)があれば、ああ、代償を払ってアルを取り返したんだな、ってわかるんだが…。
「正しく絶望を与える」真理は錬金術のえさに満足して、エドには絶望を与えないんでしょうか。

というより、むしろ著者自身が「いらないものはこれだ!と思いついて交換させました☆ミ(悪意のある意訳)」語ってるのを見て脱力しきったので、この辺の考察はする価値もあまりないのかもしれない…。
やっぱりいらないもんだったんか…アルの身体は廃品回収のティッシュかよと
ちなみにこの出典元インタビューは→こちらです。
このインタビューがまたなんというか…「ロイの復讐を他のキャラクターが止める」のはわかるけど、「それでロイが復讐をやめる」理由が全くわかりませんでした、先生…。

どなたかが「みんな他人に言われて改心する人ばっかり、セリフで言葉にしてばっかり」と書かれていたのに同感した。
え、それで気持ち変わっちゃうの? そんな簡単なもんなの? と終盤の展開で何度も思った。
描写で語ることは、できなかったのだろうか。そういう描写が、できる人だと思ってた。





ここまで書くんだったら、やっぱり好きなんでしょ、心に残ってるんでしょ、と言われそうな気がする。
まあ、そうなのかもしれない。「好きだったんだね」なら、頷く。
好きだったから、納得したいし、ケリをつけたい。

もう原作鋼のことは忘れて、よそにむかって歩き出したいなあと思っている自分と、どうしてこうなっちゃったのかなあ、とため息をついている自分がいる。




(ちなみにハイデとミュンヘンエドは、心の一番奥にある特別室で今もロケットを作っています。もしくははやぶさ帰還の再生動画を見て、二人して泣いているかもしれません(現パラか))
COMMENT : 4 | TrackBack : 0 | CATEGORY : 鋼関連(原作) |

COMMENT

感想読めて良かったです。
初めてコメントします、くじらと申します。

このような感想を読めてとても良かったと思ったので書き込みます。

鋼の最終回の感想を書いているサイト様をのぞくと、だいたい良かった・素晴らしかったとしか書かれていないので、このように物足りないところを明確に示した感想を読むことができて、本当に良かったです。
自分がモヤモヤしていた気持ち…何が腑に落ちないのか自分でもよく分かっていなかったのですが、この感想記事をよんで、とてもスッキリした気持ちになれました。自分が言いたかったこと・物足りなかったことをハッキリと代弁してくださったかのような…そういう気持ちになることができました。
私も、アップルパイやら520センズの件は気にかかっていたのに、最終回の最後のページをめくって「あれ?これで終わり?」と思ってしまいました…。
アニメの最終回より先に終わらせなければいけないスケジュールとかページ数とか、色々制限があるから、物語の主軸を優先させなければいけなかったから仕方がなかったんだ…とは思っています。
まあ最終回は完全に納得できる内容にはならないだろう、とは予想していました。(今まで思い入れの強い作品の最終回はみんなそうだったので…)

ロイが「彼らは鋼のこころを…」というのはイイですね!『鋼の錬金術師』と言ったのも彼ですし。

初めての書き込みでこんなに長くなってすみませんでした。
最終回感想のときに書かないと、もう書き込む機会がないかと思ったので…
2010/08/03(火) 22:40:57 | URL | くじら #PTRa1D3I[編集]
コメントいただけてよかったですw
くじらさん、こんにちは。
コメントありがとうございました!

こんな意見ですので、口をつぐんでいたほうがいいかなあと思ったりもして、記事のアップが随分と遅くなってしまいました。
でもまあ自分のブログですし、鋼ネタが尻切れトンボに終わるのもイヤだったので書いてみたのですけど、くじらさんに共感をいただけてとてもうれしいです。書いてよかったなあと思いました。

私も最終回を読んでからずっと、なんとももやもやしたような微妙な気持ちを持ち続けて、でもそれがどこから来るのかよくわからなくて、友達のブログやmixiの限定公開でこっそり苦言を呈している記事にお邪魔したりしていました。
その中でやっとなんとか、ここまで言葉をつむぐことができたような感じです。
これでもまだ全部は説明しきれていないような気もしますが、とりあえずはすっきりしました。

確かに仰るとおり、最終回で完全に納得できるものってなかなかないかもしれません。
長期連載だと特に、読者側にも思い入れが強くなるし。
話を結ぶのはなかなか難しいものですね。
2010/08/05(木) 13:03:04 | URL | さや #xfH9rAAU[編集]
共感しました
はじめまして。asagiと申します。
りほさんのところからおじゃましました。

こんなに前の記事へのコメント、不快に思われましたら本当に申し訳ありません。

最終回を読んだ後、私も同じように思ったものですから。
とても好きな作品だったので、ちゃんと完結してくれてよかったとは思いますが、同時に置いてきぼりにされたような寂しさと物足りなさを感じます。

「畏れに近い気持ち」というのは、まさに私がかつて鋼に抱いていたものでした。

>読者を自分達を、まだ見たことのない地平に連れていってくれるのではないか、誰も見たことのない光景を見せてくれるのではないか。

私が上手く言葉にできなかったものを、とても的確に表現してもらったような気がします。

それが叶わず、王道少年漫画で終わってしまっただけならまだしも、描かれるべきエピソードの多くが描かれないまま終わってしまったことが悲しくてなりません。
以前は あれだけきっちりと伏線を回収してた荒川先生が…

どうしてこうなってしまったのか、まだぐるぐる考えています。

さやさんの最終回予想、ホーエンハイムが孫たちの面倒を…っていうの、すごく良いですね^^
あの未来の写真の中にそれがあれば、少しは救われたのに(私が)

もう興味をなくされているのでしょうに、今頃になって長々とコメントしてしまい、申し訳ありませんでした。
この記事を読めてよかったです^^
ありがとうございました!

2010/12/08(水) 12:05:55 | URL | asagi #9kA7E2gM[編集]
お気持ちありがとうございます!
asagiさま、こんにちは。
りほさんのところからご来訪いただいたとのこと、こんな昔の記事を読んでいただいてありがとうございます!
どんな風に読まれたかが分かるので、コメントもいただけてうれしいです。
しかも前記事の最終回予想も読んで頂けたとのこと(笑)こちらもあわせて感謝ですw
今読んでも、こんなだったら面白かっただろうになあ…と思ってしまいます。

りほさんほどのきちんとした分析などとても叶わず、満ち足りない思いをつづっただけの記事でしたが、このように共感の言葉をいただくと「ああ…私だけじゃなかった」と、鎮魂に近い気持ちをいまだに抱いてしまう自分がいます(おおげさですが)。

いただいたコメントの
>あの未来の写真の中にそれがあれば、少しは救われたのに(私が)
というお気持ちがすごく良く分かります。
私はあの結末によって、何かを傷つけられたのかもしれません。
それがなんだったのか…勝手に抱いた期待や幻想かもしれないし、一方的に捧げた愛なのかもしれないし、いずれも自分勝手な気持ちではありますが、傷は傷として存在しているような、そんな心持ちでいます。

全く興味がなくなってしまえば、きっと楽なんだろうなと今も思っています。

こちらこそ、ありがとうございました!
2010/12/08(水) 16:52:42 | URL | さや #xfH9rAAU[編集]

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本の業界の片隅で生きています。構成要素は鋼・ドイツ・宇宙・本・酒・あとその他です。


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