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 神戸の洋館メモその1

某所にもあげましたがこちらにもUP。自分用備忘録も兼ねてますので長文で写真多くて重いです。ご興味ある方、そしてお暇な方よろしければどうぞ。

『背景ビジュアル資料 5 洋館・洋風建築』を読んで、美しい神戸の洋館に憧れた。それはもう一条ゆかりの「砂の城」的少女漫画の世界・憧れの古き良き欧州。素敵すぎる。
そしたらそこに行けるチャンスが! エルストついでに神戸観光もしようということで、来ました「風見鶏の館」!
コピペですが「この館はかつて神戸に住んでいたドイツ人貿易商ゴッドフリート・トーマス氏(G・Thomas)が自邸として建てた建物」です。 日清日露で大もうけしたトーマス氏が有名な建築家ゲオルグ・デ・ラランデ氏に依頼して建てられました。
wiki「神戸市風見鶏の館」
wiki「ゲオルグ・デ・ラランデ」
「神戸市風見鶏の館」公式サイト
神戸髄一の異人館の名は伊達じゃなく、建築も家具も何もかもがステキすぎる! 興奮して写真撮りまくりました。そして満足しながら2Fから降りてきたら、館長さんのお話を聞きながらめぐる「風見鶏の館すみずみ解説ツアー」があるとのこと。当日その場で受付、もちろん無料の気楽なツアーで、そりゃ参加するよ。ということで参加。
「風見鶏の館すみずみ解説ツアー」イベント詳細
館長さんのお話、ツアー前はだいたい30~40分ぐらいですよと言うお話だったのに、気がつけば1時間半もあった! 盛りだくさん過ぎて足が痛くなったけど(立ちっぱなしだったから)、見てるだけではわからないことをいっぱい聞けたので楽しかったです。

覚えている限りで箇条書きして、写真もつけました。ご興味ある方はどうぞ。
・はじめに
異人館には「居宅」「商館」「領事館」の3つがあるそうだ。横浜や長崎などは「商館」「領事館」が多いが、神戸には「居宅」が多いとのこと。ここも貿易商人の居宅。

外観1 外観2

・1Fの書斎
この書斎に置かれている龍の彫刻がある椅子は、現在ドイツに暮らしている一人娘エルゼさん(どうしてドイツに暮らしているかは後述)が寄贈してくれた(風見鶏の館は国の重要文化財)。当時彼女が住んでいた頃にその場所で使っていたので、「あるべきものをあるべきところに」と寄贈してくれたとのこと

↑ありがたく寄贈を受けこの書斎に置いていたら、あるとき国のイベントで来た華僑をこの書斎に案内するなり、大騒ぎになった。なぜかとたずねたら、これは清王朝のもので、皇族の一族しか使ってはいけない「龍のモチーフ」「三本の龍の爪」が彫刻されている。ちなみに龍の爪は皇帝が四本、皇帝の一族は三本。また龍のモチーフは勝手に彫ると両手切断されるほどの重罪だった。この椅子を館の使用者はどのようにして入手したのか、清から盗んだのではないかという。エルゼさんにも由来はわからず。当時、清は戦争に負けてボロボロだったため、外貨稼ぎか何かで密かに売りに出されたものを貿易商が買って日本に持ち込んだのではないかと思われるが、それも不明。来歴を調べている最中とのこと。

↑ドアノブの金具の部分に「Berlin」とある。この家を建てるために、アールヌーボー風のドアノブがほしかったトーマス氏は、船便でドイツ→日本が三ヶ月かかる時代に、わざわざ本国ドイツから取り寄せた模様。

写真は応接間の龍の椅子、長椅子、応接間を外側の裏から見た様子。
書斎1

書斎2

書斎外観 

・応接間
ものすごく手間暇もお金もかかったシャンデリアが置かれている。お客さんはみなこの応接間に通されたら、シャンデリアについて話を振ったことだろう。
このシャンデリア、震災でも落ちなかったのに、あるとき隅の照明が1コ落ちて割れてしまった。日本にはガラス名人が5人いて、その人たちに復元できないかと尋ねたら皆に断られた。天皇家のシャンデリアを作る職人さんにも尋ねたが、こんなに手間がかかるガラスを吹ける人はもういないとのこと。熱→水につける→熱の繰り返しで何層にもひびを入れていく方式で、ほとんどが途中で割れてしまうらしい。どうしても、と探したら新潟に一人だけできる人がいた。その人に見積もりを頼んだら、1コが120万円かかる見積もりになった。神戸は震災後お金がない自治体。どうにか負けてもらえないか、そうだ1コ割れたなら他の3つも割れるかもしれない…予備を作っておいたほうがいい…ということで4コで120万にまけてもらった。(ということで現在2コは裸電球で運営中。割れたやつと、型を取るやつ)

応接間 応接間シャンデリア

・居間
訪問者が座って写真が撮れるように公開中。映っていないがこの先にはピアノがあり、室内楽コンサートなどをよく開いているそうな。行ってみたいわー。

居間 

・(写ってないけど)ベランダ
ベランダというか半廊下というか。「トーマス一家写真展」と「神戸開港と雑居地・北野展」をやっていた。

・「神戸開港と雑居地・北野展」について
神戸は日米通称修好条約で開港を約束していたにもかかわらず、天皇が京都に近い(早馬で3時間)ため拒否しており、江戸幕府は外国人の開港要求と天皇の拒否に挟まれて困っていた。しかし江戸幕府が倒れた結果、開港が急ピッチで進められる。他の開港地と比べて開発が遅れていた結果、外国人が住むスペースを「居留地」のみにすることが難しくなり、当時の知事が「居留地以外にも住んでOK」と許可を出した結果、横浜など他の開港地にはない「雑居地」が生まれた。他地区では居留地に出入りする商人経由で外国文化が広まったが、ここ神戸では日本人宅の隣にいきなり外国人邸があるため、地元民との直接交流が生まれたとのこと。もちつきしてると外人の人だかりになってもちをふるまったとか、七夕してたら興味深そうに外人が見るから短冊と筆を貸したとか。日本で初めて珈琲を飲み、国内で販売を始めたのが神戸なのもその辺に理由があるとのこと。おそるおそるから始まる交流、想像するとけっこうかわいいぞ。
北野神社は生田神社の分社だが、「北野」という名前が同じなのであやかって菅原道真公も祭っているとのこと。

・「トーマス一家写真展」について
トーマス一家は、実は悲劇の一家だった。
日清・日露大もうけしたトーマス氏はここに家を経て、妻と一人娘と3人で幸せに暮らしていたが、一人娘エルゼさんが14歳(確か)の頃、一家に悲劇が訪れる。ドイツへの一時帰国中に、第一次世界大戦が勃発してしまう。その戦争で日本とドイツは敵国となってしまったため、家や家にあった財産は敵性財産とされ、国に没収されてしまった。大金持ちだったトーマス氏は一転、着の身着のままの無一文となってしまったのだった。一家はそれから先一生、日本に帰ることはなかった。

だが。昭和52年に風見鶏の館がNHKの連続ドラマで有名となり、当時ドイツにいた一人娘エルゼさんがそれを知ることになる。そしてそのニュースが日本にもたらされ、館を所有している神戸市は初めて、「風見鶏の館」のかつての住人がドイツに生存していることを知った。そしてエルゼさんからかつて風見鶏の館で使われていた家具が神戸市に寄贈され、一般公開されることになった。

・食堂
他の部屋のアールヌーボー風(←「風」なのは、ドイツのアールヌーボーだから)に比べ、ドイツらしい重厚な部屋となっている。城壁をイメージしたこげ茶の壁飾りなど。氷で冷やす冷蔵庫つきの棚が設置されている。保冷のため金属で裏打ちされている。
ここで在留外人やら商人を招いて晩餐会などを行ったことだろう。ディナーについてのエピソードが一つ。トーマス夫人は体が弱かった。肺結核病みなので煙草の煙がつらかったが、当時は当然嫌煙権などないのでディナー参加者は煙草吸いまくり、葉巻吸いまくり。耐えかねた夫人はとうとうディナー中に叫んだ。「煙草は書斎で吸ってください!」 食堂から追われた喫煙者は、狭い書斎にすし詰めになってたばこを吸ったらしい。さすがドイツ人女性、強い。

食堂 食堂氷式冷蔵庫

食堂天井

神戸の洋館メモその2へつづきます。
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